はじめに
こんにちは(^^♪
私たち72歳のシニア夫婦は、9月中旬に3泊4日の北京旅行ツアーに参加しました。
A旅行社主催の「添乗員同行・万里の長城&パンダ鑑賞・北京ダックを楽しむ旅(1人10万円)」です。
本記事では、天安門広場・紫禁城の観光体験記を中心に、シニア夫婦ならではの工夫や感想をご紹介します。

天安門広場(てんあんもんひろば)とは?
中華人民共和国(中国)の北京市の中心「故宮・天安門」に隣接する、世界最大級(44万平米)の都市広場で、中国の政治・歴史の象徴と言われます。
明の成祖「永楽帝」が北京に遷都した時期には、すでに天安門広場の原形が既に存在していました。
1954年に整備され、現在の天安門広場が形成され、「人民大会堂」や「中国国家博物館」に併せ、「人民英雄紀念碑」も建設されました。
1976年に毛沢東中国共産党主席が亡くなると、広場の南の中華門跡地付近に「毛主席紀念堂」が建設されました。
天安門広場は最大で50万人を収容でき、国家行事や幾度となく歴史上の革命運動の舞台にもなり抗争などが起きました。
2024年に天安門広場およびその建築群(天安門広場・人民英雄紀念碑・毛主席紀念堂・国家博物館・人民大会堂)は、北京中軸線(中華の理想的秩序を示す建造物群)の一部として世界遺産に登録されました。

天安門広場へ向かう
2日目の早朝、ホテルからバスで出発しました。内外の観光客でごった返しており、検問が混んでいると数時間はザラだそうで、薄暗いうちからの出発でした。北京旅行ではここを無事に乗り越えることが、ガイドの腕の見せ所だそうです。
紫禁城を出るまで、後戻りができないコースなので体調不良が起きても前進しかないそうです。トイレ管理がとても重要なのでガイドさんは注意深く案内してくださいました。

いよいよ**天安門広場と紫禁城(故宮)**へ。
しかし、その前に大きな難所があります。広場に入るには飛行場並みの厳しい検問を受ける必要があり、数万人規模の行列ができます。
- 荷物チェックは徹底的
- 身体検査も入念
- 朝早く並んでも1時間以上かかる
幸い、私たちは1時間で突破できました。厳格なセキュリティを実際に体験し、中国の管理体制を肌で感じました。今までで一番厳しいと感じたのは韓国の青瓦台でしたが、ここが一番になりましたが良い体験でした。

天安門広場から紫禁城に至る道の看板が架けてありました。

左側にはテレビで見かける「人民大会堂」が、朝日の映えて堂々と姿を現しました。

右側には毛沢東さんのご遺体が祀られている立派な「毛首席記念堂」があり、前には中国の観光客の方々で賑わっていました。
私どもは素通りしましたが、こちらの拝観は敬虔な姿勢が大切だそうで、中国の方々は一生に一度はお参りに来られるそうです。この通りの正面が天安門広場です。

「人民英雄記念碑」と「毛主席記念堂」を拝する
広場に入ると、正面に大きな天安門が姿を現します。周囲には毛主席記念堂や、戦没者を追悼する「人民英雄記念碑」もありました。ガイドさんによれば、日本の靖国神社にあたる存在だそうです。

テレビでよく見る、広大な空間と、国を象徴する建物群。中国の歴史とスケールの大きさに圧倒されました。

天安門の大きな隧道を通って、紫禁城内に向かっています。

紫禁城(故宮)へ入場
隧道を出たら明るい広場に出て、**紫禁城(故宮)**に入りました。
中国ドラマやテレビで見かける、中国の歴史的中心地に足を踏み入れることができて感動しました。

午門(ごもん)を入り、太和門に至る
午門を通り抜けると、大理石の橋や欄干のある壮麗な広場の向かいに太和門が迎えます。多くの観光客が写真を撮ったり、美しい庭園を見て楽しんでいます。
**午門(ごもん)**から入り、太和門を経て太和殿へ
途中でトイレと売店と休憩所がありました。ガイドさんからトイレは必ず済ませるように言われ、割合にスムーズにでき、売店で水を買い少し休憩をして英気を養いました。

紫禁城(しきんじょう、故宮)は、北京の中心にある明・清朝の歴代皇帝が暮らした世界最大の木造宮殿建築群です。
1925年以降は「故宮博物院」となり、現在は約105万点以上の貴重な文化財を所蔵し、一般公開され観光名所となりました。

紫禁城と故宮は、同じ場所を指しますが、違いは「建物そのもの」か、「現在の博物館」かです。
天安門広場の中にある「中国国家博物館」にほとんどの収蔵品がありますが、紫禁城の中にも多くの文化財が陳列されていました。現在は故宮博物院として一般公開されており、ユネスコ世界遺産に登録されています。

多くの貝を散りばめた、螺鈿細工の家具には権力が集中した贅沢な品々に驚かされました。
皇帝の玉座や豪華な家具を見学して驚きました。多くの宝物を蒋介石さんが台湾に運んだそうですが、芸樹的価値の高い家具などは置いて行ったとガイドさんが話しました。

書や絵画、漆などの工芸品に触れ、清朝最盛期の文化の高さを感じ圧倒されました。

太和門を経て太和殿へ
紫禁城は、明朝第3代皇帝・永楽帝(朱棣)が王権強化のため創建し、南京から北京への遷都に伴い、1406年に着工され、1420年に完成した壮大な宮殿群です。
その後は、清の乾隆帝などが全盛期を築きましたが、最後の皇帝溥儀(宣統帝)が1924年に追放されるまで、約500年間24人の皇帝が居住した、政治の中心地でした。

紫禁城の構造は、外廷、内廷、宮殿、神殿、皇室庭園などの主要なエリアで構成され、総面積72万平方メートル、980以上の建物がシンメトリーに配置されています。

見どころは、太和殿(正殿)、乾清宮(皇帝の寝宮)、御花園、映画「ラストエンペラー」の舞台としても有名です。

ここは太和殿の中央、玉座の前です。ここが清朝の政治の中心地でした。
建築スタイルは、黄色の瑠璃瓦が特徴で、皇帝のみに許された最高級の建築様式です。

紫禁城が「紫」と呼ばれる理由は、古代中国の天文学で天帝(宇宙の支配者)が住むとされる北極星(紫微星)に由来します。

天子である皇帝の居城を「天帝の宮殿」に見立て、紫を冠した「紫宮」と、一般人が入れない「禁城」を合わせた名称です。

城内は、国事行為が行われる「外朝」と、皇帝や妃が暮らした「内廷」の二つに区分されます。
私は、浅田次郎さんの「蒼穹の昴」を全巻読みましたが、物語と紫禁城がリアルにシンクロして感動しました。「珍妃の井戸」も読みましたが、ガイドさんによると内廷の先に現存するそうです。時間がないので行けませんでした。

後方の庭園には奇岩などが多くて、見るべきものがたくさんありました。

神武門から退城
紫禁城の北側の出口「神武門」から退場しました。上の写真は、出てから振り返って撮ったものです。北側から入る人には「故宮博物院」の入場門になっているようでした。

この写真は、出口方向の北側を撮ったものです。
正面には人工の丘「景山公園」は見え、紫禁城の真北に「万春亭」がそびえ、風水の役割を担っているそうです。

紫禁城は、52メートル幅の堀と10メートルの城壁に囲まれ、古代中国の政治的、儀式的中心地でありました。
まとめ
今回の北京旅行で最大の目的だった、古代からの中国政治の中心地である天安門広場と紫禁城観光を無事終え、長年の夢を果たすことができました。
四大文明の一つである黄河文明、中国との文化交流、本や映画やマスコミ報道などで培ったイメージを持つ中で、リアルな中国を体感できたことは大きな収穫となりました。
天安門広場や紫禁城を実際に歩くことで、スケール感と歴史の重みを肌で感じることができました。
シニア夫婦の私たちにとって、体力的には少し大変でしたが、生涯忘れられない思い出となりました。
歴史を守り公開してくださる中国の人々に、心から感謝します。
谢谢!!
北京旅行全体を網羅したブログを書いていますので、よろしかったらご覧ください。
ありがとうございました。
See you(^^♪

コメント