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【世界遺産】クトゥブ・ミナール|デリーに残るイスラム征服の証 73歳夫婦が見た圧倒的な塔 | ユルバブログ

【世界遺産】クトゥブ・ミナール|デリーに残るイスラム征服の証 73歳夫婦が見た圧倒的な塔

人生エッセイ(芸術・文化・日常・生き方)

クトゥブ・ミナールとは? まず数字で驚く

みなさま、こんにちは(^^♪

私たちユルバ夫婦(73歳)は、A旅行社のツアー「復路ビジネスクラス利用・8つの世界遺産をめぐるインド5日間」に参加しました。

インド初日、デリーに着いた翌朝に最初に訪れたのが「クトゥブ・ミナール」です。

高さ72.5メートル。これは、現存する世界最古かつ最高のイスラム式ミナレット(尖塔)です。日本でいえば、ビルの20〜25階建てに相当します。それが石造りで、12世紀末から13世紀初頭にかけて、人の手だけで積み上げられました。

ガイドさんから説明を聞きながら近づいていくと、最初は「大きい塔だな」という印象でした。ところが足元に立った瞬間、首が痛くなるほど上を見上げないと頂上が見えない。その瞬間、時代をこえた人間の執念のようなものをひしひしと感じました。

征服者クトゥブッディーンの野望 インドにイスラムを刻んだ男

この塔を命じた人物は、クトゥブッディーン・アイバク。12世紀後半、中央アジアから侵攻してきたムスリム勢力の武将で、北インドのヒンドゥー王朝を次々と打ち破り、1193年にデリーを征服しました。

彼がこの地に打ち立てようとしたのは、単なる支配の拠点ではありませんでした。「インドにイスラムの時代が来た」ということを、天に向かって宣言するシンボルが必要だったのです。そのために建てられたのが、このミナレットでした。

ミナレットとは本来、モスクに付属する塔で、礼拝の時刻を告げるアザーン(呼びかけ)を唱えるための場所です。ところがクトゥブ・ミナールは高すぎて、実際には上から声を届かせることはできませんでした。むしろこれは「見せるための塔」 —— 征服の記念碑であり、権力の象徴でした。

クトゥブッディーンは塔の完成を見ることなく1210年に没しました。完成させたのは彼の後継者イルトゥトゥミシュ。つまりこの塔は、二人の権力者の意志が重なって初めて完成した建造物でもあります。

塔に刻まれた文様 コーランの言葉が石になった

近づいてよく見ると、塔の表面にびっしりと彫刻が施されています。アラビア文字で書かれたコーランの一節、幾何学模様、花のレリーフ。

赤砂岩(1〜3層)と大理石(4〜5層)が交互に積み重なっており、それぞれの層で装飾の様式も微妙に異なります。建造を引き継いだ時代ごとに、職人たちの技術とセンスが上乗せされているのです。

インドの職人たちは征服者に命じられながらも、自分たちの技を惜しみなくこの石に注ぎ込みました。支配された側の人々の手仕事が、支配者の記念碑を美しくしている——そのことに、なんとも複雑な感慨を覚えます。

境内に広がる遺跡群 ヒンドゥーとイスラムが混在する不思議な空間

クトゥブ・ミナールの周囲には、見どころが集まっています。

クワット・アル・イスラム・モスク(イスラムの力のモスク)は、インド亜大陸に建てられた最初のモスクとされています。注目すべきはその建材です。イスラム軍に破壊された27のヒンドゥー寺院と仏教寺院の石材を転用して建てられました。柱にはヒンドゥーの神々の彫刻がそのまま残っており、イスラムの礼拝空間の中に、ヒンドゥーの神話世界が共存するという、世界でも類をみない空間が生まれています。

「壊して、使った」という歴史の荒々しさと、結果として生まれた不思議な美しさ——インドという国の複雑な重層性を、この空間ほど直感的に感じさせてくれる場所はないかもしれません。

錆びない鉄柱の謎 1600年間、なぜ錆びないのか

境内のモスクの中庭に、一本の鉄柱が静かに立っています。高さ約7.2メートル、重さ約6トン。

この鉄柱が建てられたのは4〜5世紀、グプタ王朝時代と推定されています。つまりクトゥブ・ミナールよりも700年以上古い。そしてこの鉄柱には、1600年以上経った今もほとんど錆が見当たりません。

なぜ錆びないのか。長い間、謎とされてきました。現代の科学分析によれば、鉄の純度が非常に高く、表面に薄い燐酸塩の保護膜が形成されているためと考えられています。しかし当時の製鉄技術でどうやってそれを実現したのかは、いまだに完全には解明されていません。

かつては「鉄柱に背を向けて立ち、後ろ手に両腕が届けば願いが叶う」という言い伝えがあり、多くの人が触って試みました。今は保護のため柵で囲まれていますが、柱の表面は長年の人々の手で磨かれたように光っています。

イルトゥトゥミシュ廟 権力者の最期の場所

境内の一角に、イルトゥトゥミシュ廟があります。クトゥブ・ミナールを完成させたスルタンが眠る霊廟です。

外観はシンプルな石造りですが、内部に入ると壁面を埋め尽くすコーランの文字と幾何学模様の彫刻に圧倒されます。インド亜大陸で現存する最古のイスラム霊廟のひとつで、後のムガル帝国の霊廟建築——そうです、タージマハルへとつながる様式の源流がここにあります。

翌日以降に見るフマユーン廟、そしてタージマハルを「予習」する場所として、建築の歴史的な流れを感じながら見ると、また違う感慨があります。

アラーイー・ミナール 未完成の塔が語ること

境内にはもうひとつ、不思議な塔の跡があります。アラーイー・ミナール

14世紀初頭、アラーウッディーン・ハルジーというスルタンが「クトゥブ・ミナールの2倍の高さの塔を建てる」と宣言し、建設を始めました。しかし彼の死とともに工事は中断。現在残っているのは、高さ24メートルほどの土台部分だけです。

野望の塔、未完の塔。それでもこの巨大な土台は、人間の欲望と歴史の無常を静かに語りかけてくるようです。

シニア旅行者への実用情報

アクセス・見学について

デリー市内から車で約30〜40分。敷地は広く、石畳の遊歩道が続きます。日陰は少なく、午前中でも気温が高いため、帽子・日傘・飲み物は必須です。私たちが訪れたのは5月中旬で、すでに35℃を超える暑さでした。

足元は石畳で比較的平坦ですが、一部に段差があります。歩きやすいスニーカーを強くおすすめします。ヒールや革靴での見学は避けた方がよいでしょう。高齢者の私は杖を持ちました。

見学時間の目安

ツアーでは約45分でしたが、境内全体をゆっくり回るなら1時間半〜2時間は確保したいところです。

撮影ポイント

塔の全景は、少し離れた南側の広場から撮るのがベスト。午前中の光線が順光になり、赤砂岩の色が美しく映えます。鉄柱は逆光になりやすいので、角度を工夫してみてください。

まとめ インド最初の世界遺産で感じたこと

クトゥブ・ミナールは、インド旅行の「序章」として訪れるにはこれ以上ない場所だと思います。

ヒンドゥー、イスラム、グプタ王朝、デリー・スルタン朝——異なる時代と宗教が幾重にも重なり、それぞれの痕跡がひとつの境内に共存しています。インドという国の「複雑さ」と「豊かさ」を、最初の45分で一気に体感できる場所です。

私たちはツアーの最初の見学地でこの場所を訪れ、「インドに来たんだ!!」という実感がここで初めて湧いてきました。

基本情報

項目 内容
正式名称 クトゥブ・ミナールとその建造物群
世界遺産登録 1993年(文化遺産)
建造年 1193年着工、13世紀初頭完成
高さ 72.5メートル(5層構造)
所在地 ニューデリー南部、メフラウリー地区
開館時間 日の出〜日没
入場料 外国人:約600ルピー(2025年時点)
アクセス デリーメトロ・イエローライン「Qutb Minar」駅から徒歩15分

ありがとうございました。

See you(^^♪

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