タージマハルの「お手本」を見た|フマユーン廟・デリーの世界遺産を73歳夫婦が訪問

人生エッセイ(芸術・文化・日常・生き方)

クトゥブ・ミナールの次に向かった場所

みなさま、こんにちは(^^♪

私たちユルバ夫婦(73歳)は、A旅行社のツアー「復路ビジネスクラス利用・8つの世界遺産をめぐるインド5日間」に参加しました。

クトゥブ・ミナールを後にしたバスが次に向かったのが、世界遺産「フマユーン廟」です。デリー市内、クトゥブ・ミナールから車で約30分。幹線道路を抜けると、緑豊かな庭園の奥に、白い大きなドームがふっと現れました。

あ、これがタージマハルの原型か

翌々日に見るタージマハルを楽しみにしていた私たちには、その言葉がガイドさんから出た瞬間から、見る目が変わりました。

フマユーンとはどんな人物だったのか

フマユーン(1508〜1556年)は、ムガル帝国の2代皇帝です。父はあの大帝バーブル——中央アジアから南下してデリーを征服し、ムガル帝国を創始した英雄です。

しかしフマユーンは、父の栄光をそのまま継げたわけではありませんでした。即位後まもなく、アフガン系の武将シェール・シャーに敗れ、インドを追われます。妻子を連れてペルシャへ亡命し、15年もの間、流浪の生活を余儀なくされました。

ペルシャのサファヴィー朝に身を寄せ、軍を再建してインドへ帰還したのは1555年。奪われた帝国をようやく取り戻したのもつかの間、翌1556年、図書館の階段から転落して48歳で亡くなりました。

波乱万丈という言葉がこれほど似合う皇帝も珍しい。権力の頂点と奈落の底を行き来した生涯でした。

廟を建てたのは妻・ハージー・ベーグム

夫の死後、この霊廟の建設を命じたのは、フマユーンの妻ハージー・ベーグムです。

彼女はペルシャ出身。夫が流浪の時代を共に生き抜いた、まさに苦楽をともにした糟糠の妻でした。夫の死から9年後の1565年に着工し、完成したのは1572年。建設に費やしたのは約7年、費用は当時の金額で150万ルピーといわれています。

注目すべきは、建築家をペルシャから招いたことです。設計を手がけたのはミラク・ミルザ・ギヤスというペルシャ人建築家。これによってインドの建築にペルシャ様式が本格的に取り入れられ、赤砂岩と白大理石の組み合わせ、四分割された幾何学庭園(チャハルバーグ)という様式が生まれました。

ハージー・ベーグムは完成後もこの廟の近くで暮らし、夫を弔い続けました。彼女自身もここに眠っています。

タージマハルの「お手本」といわれる理由

フマユーン廟とタージマハル。この二つを見比べると、そっくりな点がいくつも見えてきます。

対称性の美しさ、中央の巨大な丸いドーム、四隅に立つ細い塔(ミナレット)、赤砂岩と白大理石のコントラスト、そして四方を水路で区切った幾何学庭園

タージマハルはフマユーン廟から約80年後、1632年に建設が始まります。ムガル帝国の建築家たちがこのフマユーン廟から何を学び、何を発展させたか——それを意識して見ると、フマユーン廟はただの「前作」ではなく、インド建築史の重要な転換点として見えてきます。

ガイドさんに「タージマハルを見る前に必ずここへ」と言われた意味が、実際に立ってみてよくわかりました。

境内に眠る150人以上の埋葬者

フマユーン廟の敷地内には、フマユーン(王)とハージー・ベーグム(王女)だけでなく、ムガル帝国の皇族や貴族など150人以上が埋葬されているといわれています。そのためこの場所は「ムガルの眠る丘」とも呼ばれます。

敷地内には小さな霊廟がいくつも点在しており、それぞれに歴史があります。なかでも見逃せないのが、廟の手前にあるイーサー・カーン廟。フマユーンに仕えたアフガン系貴族の霊廟で、フマユーン廟よりも20年ほど古く、敷地内では最古の建造物です。八角形の構造が美しく、こちらも独立した世界遺産の構成資産のひとつです。

シニア旅行者への実用情報

歩きやすさと日除けについて

敷地への入口から廟の正面まで、長い直線の石畳の道が続きます。距離にして300メートルほど。日陰がほとんどなく、5月の午前中でも強烈な日差しでした。帽子・日傘・飲み物は必携です。私はユニクロで購入したキャップと覆い、日傘はやめて杖を使いました。杖は初めて使いましたが、こんなに楽とは思いませんでした。

廟の内部に入る際は靴を脱ぐ必要があります(靴カバーの貸し出しあり)。内部の床は大理石で冷たく、裸足でも歩きやすいですが、靴下の着用をおすすめします。靴下は無印でメッシュのくるぶしまである物を購入しましたが涼しくて正解でした。

撮影のベストポイント

正門を入って真っ直ぐ進んだ突き当たり、中央の噴水池越しに廟全体を収めるアングルが定番です。朝の光では白大理石に温かみのある色が加わり、とくに美しく撮れます。この記事の3枚目の写真です。

まとめ 愛と亡命と復活の物語が宿る場所

フマユーン廟は、タージマハルの「前座」ではありません。流浪の皇帝と、その死を悼んだ妻の愛の物語が宿る場所であり、インド・イスラム建築がひとつの完成形へと向かう歴史的な転換点です。

タージマハルへ行く方には、ぜひこのフマユーン廟を先に訪れることをおすすめします。フマユーン廟を見た目で改めてタージマハルを見ると、あの白い奇跡がどこから生まれたのか、その文脈がよりくっきりと見えてきます。

基本情報

項目 内容
正式名称 フマユーン廟
世界遺産登録 1993年(文化遺産)
建造年 1565〜1572年
所在地 ニューデリー、ニザームッディーン地区
開館時間 日の出〜日没
入場料 外国人:約600ルピー(2025年時点)
アクセス デリーメトロ・ピンクライン「Jangpura」駅から徒歩約15分

ありがとうございました。

See you(^^♪

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