はじめに
みなさま、こんにちは(^^♪
先日、テレビを見ていましたら、北九州・小倉の「合馬茶屋のタケノコ料理」を、番組の突撃隊が美味しそうに食べていました。
「今の時期しか食べられない」とのことで、思い切って出かけることにしました。
ちょうど同じ時期に、北九州市立美術館で「足立美術館蔵 横山大観展」が開催されていると知り、
大観ファンの私は「これはラッキー!」と、タケノコと美術館をセットで楽しむことにしました。
初めて訪れる方の参考になればと思い、事前に次の3点を調べてから向かいました。
❶ 北九州市立美術館とは、どんなところ?
❷ 足立美術館とは、どんな美術館?
❸ 横山大観さんとは、どんな人物?

▲「丘の上の双眼鏡」と言われる北九州市立美術館
「北九州市立美術館」とは、どんなところですか?
北九州市立美術館・本館は、1974年に市のほぼ中心部の丘の上に建てられました。
建築家・磯崎新がカテドラル(聖堂)をイメージして設計し、その外観から**「丘の上の双眼鏡」**の愛称で親しまれています。
コレクションは、ルノワール、ドガ、モネなどの印象派、浮世絵、版画など、近現代アートを中心に約8,000点。
収集・保存・展示のバランスがよく、北九州を代表する文化施設です。
2024年には開館50周年を記念して、島根県・足立美術館が所蔵する横山大観の名品を集めた
**「足立美術館所蔵 横山大観展」**が開催されました。
代表作「紅葉」をはじめ、初期から晩年までの作品50点を通して、大観の画業を一度に辿ることができます。

▲image「連続日本一」に選出される足立美術館
「足立美術館」とは、どんなところですか?
足立美術館は、島根県安来市にある日本画専門の美術館で、横山大観コレクションと日本庭園で全国的に知られています。
横山大観作品は約120点におよび、日本一のコレクションと言われるほど。
別名「大観美術館」と呼ぶ人もいるほどです。
創設者は、地元出身の実業家・足立全康。
裸一貫から身を起こし、71歳のとき(1970年)に美術館を開館しました。
大観作品への情熱は並々ならぬものがあり、「紅葉」「雨霽る」「海潮四題・夏」などを含む北沢コレクションを1979年に入手した際の武勇伝は、今でも語り継がれています。
また、5万坪におよぶ日本庭園は
「庭園もまた一幅の絵画である」
という全康の言葉を体現したもの。
米国の専門誌による「日本庭園ランキング」では、2003年の初回から連続日本一に選ばれています。

▲image 下戸だが天心の酒を愛した横山大観(1868〜1958)
「横山大観」さんとは、どんな方ですか?
横山大観(1868〜1958)は、茨城県に生まれ、明治・大正・昭和を通じて活躍した近代日本画壇の巨匠です。
東京美術学校第一期生として岡倉天心に学び、その薫陶を受けました。
明治31年には、天心の指導のもと日本美術院の創立に参加し、新しい日本画の創造に人生を捧げます。
今日「朦朧体」と呼ばれる、輪郭線をほとんど使わない没線描法を確立し、
西洋画の鮮明な色彩と琳派の装飾性を結びつけた独自のスタイルで、日本画壇をリードしました。
大正3年には日本美術院を再興し、「院展」を中心に数々の名作を発表。
昭和12年には第1回文化勲章を受章し、89歳で東京の自宅にて永眠するまで、日本画の第一線で活躍し続けました。

▲image 紅葉と虹に映える足立美術館
小倉駅から北九州市立美術館に向かう(体験談)
宿泊していたホテルに近い小倉駅から北九州市立美術館へは、バスもありますが、
今回は分かりやすいJR+タクシーで向かうことにしました。
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小倉駅(9:30発・5番線) → 枝光駅(9:40着)
JR電車で約9km・10分・運賃230円 -
枝光駅 → 北九州市立美術館
タクシーで約2.4km・7分・料金990円

▲眼下に玄界灘と工場群を見下ろす北九州市立美術館
タクシーを降りてエスカレーター入口まで少し歩きます。
高い丘の上に建っているため、はるか向こうには玄界灘がキラキラと光り、工場地帯からは白い煙がモクモクと立ち上っています。
工業都市・北九州ならではの風景です。
手前には住宅地が広がり、新緑の山々の緑がよく映えます。

▲肌寒い春風の吹き当たる北九州市立美術館の玄関
エスカレーターを登り切ると、美術館の玄関です。
高台だけあって風が強く、二重の自動ドアを抜けて館内へ入りました。

▲ブールデルの対の彫像が迎えるホール
広々としたエントランスホールには、ブールデルの彫像が対で迎えてくれます。
右手にチケット売り場があり、2人分で3,400円を支払いました。
大きな「紅葉」の看板が掲げられた方向へ進み、記念に写真を撮ってから、いよいよ入場です。
明治・大正・昭和、大観の歩みをたどる
展覧会は、大観の作品を明治・大正・昭和の3つの時代に分けて展示していました。
私は約40年前に、地方で開催された展覧会で大観作品を観たことがあり、
足立美術館にも何度か足を運んでいます。
それでも、こうしてまとまった形で観ると、新鮮な感動がありました。
明治時代の作品
「無我」1897(明治30)年・29歳 ― 出世作

▲image「無我」1897(明治30)年(29歳)出世作
一番最初に展示されていたのが「無我」です。
かつての地方展でも最初に飾られていて、再会したような懐かしさを覚えました。
29歳の青年・大観自身の幼いころを思わせるような出世作で、
「初心忘るべからず」という思いが作品から伝わってきます。
豊かな頬をした童子が、誕生仏のような気配を漂わせ、
どこか不安げな表情で川辺をよちよち歩く姿は、大観自身の姿とも重なります。
禅の「無我」の境地を、無心の童子に託して表現した一作。
この純粋さが、師・岡倉天心とともに守旧派と対立しながらも、新しい日本画壇の道を切り開いていく原動力になったのだと感じました。
「曳船」1901(明治34)年・33歳 ― 朦朧体の極致

▲image「曳船」1901(明治34)年(33歳)朦朧体の極致作
「曳船」は明治34年の発表。
大観が「世間から悪魔のように嫌われた」と語った朦朧体の代表作です。
朦朧体は明治31〜33年頃に完成したと言われています。
岩場の坂道、重い船、滝飛沫で視界も悪い激流の中、
3人の水夫が一本の綱を頼りに必死で船を引いていきます。
私にはその3人が、大観・下村観山・菱田春草の姿に見えました。
師・岡倉天心の理想を実現しようと、想像を絶する逆風の中で新しい芸術を切り開いていく、若き画家たちの姿です。
大観の不屈の精神、日本的叙情あふれる朦朧体の極致に、胸が熱くなりました。
大正時代の作品
この頃、大観の私生活は決して順風満帆ではありませんでした。
親友・菱田春草、最初の妻・文子、再婚した妻・直子、一人娘、そして師・天心と、
大切な人を次々に亡くし、深い悲しみの中にありました。
「緑雨」1914(大正3)年・46歳 ― 臥薪嘗胆の一幅

▲image「緑雨」1914(大正3)年(46歳)臥薪嘗胆
新緑の中で、雨宿りをするカササギのつがい。
雨はようやく上がったものの、尾は濡れて重く垂れ、まだ飛び立てずにいる――
そんな一瞬を静かにとらえた作品です。
大観が多くの別れを経験しながら、
それでも師の遺志を継ぎ、新しい道へと飛び立とうとする気持ちを込めたのではないか、と想像しました。
「山窓無月」1919(大正8)年・51歳 ― 墨色彩一体の気品

▲image「山窓無月」1919(大正8)年(51歳)墨色彩一体の気品
大観は第4〜6回の院展に多くの作品を出品しました。
「山窓無月」は第6回院展の出品作とされています。
月のない夜、山里の茅屋の窓から漏れる灯りの下で、
高士が静かに書物を読んでいます。
外には竹の葉音と小滝の水音が響き、墨のぼかしと淡い色彩が、寂寥感と安らぎの両方を感じさせます。
世のざわめきに惑わされず、志を高く保ち続ける大観自身の姿が重なりました。
墨と色彩が一体となった気韻高い一作であり、大観芸術の真髄が現れています。
大正期の大観は、絢爛豪華な色彩画で「新光琳派」と称される一方、水墨画にも力を注ぎました。
岡倉天心が掲げた
「気韻生動(きいんせいどう)」
――気高い風格と生命力に満ちた絵――
その理想を体現しようとしていたのだと思います。
昭和時代の作品
昭和に入ると、大観は美術使節としてイタリアを訪れ、
宮中の画業や調度の制作も任され、帝室技芸員にも選ばれます。
名実ともに、日本画壇の頂点に立つ存在となっていきました。
「紅葉」1931(昭和6)年・63歳 ― 気韻生動の最高傑作

▲image「紅葉」1931(昭和6)年(63歳)気韻生動の最高傑作
第18回院展に出品された「紅葉」は、まばゆいばかりの色彩に圧倒される大作です。
紅・橙・黄に燃える紅葉、古木へのたらしこみ、群青と銀波の流水、
白金泥で表現された川霧と飛沫、苔むす岩。
深秋の渓谷の清冽な空気が、画面いっぱいに広がっています。
絢爛豪華でありながら、単なる装飾に終わらず、
紅葉の間を飛び立つセキレイが、張り詰めた生命力を吹き込んでいます。
まさに**「気韻生動」の最高傑作**だと感じました。
「雨霽る(あめはる)」1940(昭和15)年・72歳 ― 惚れ惚れと眺める一幅

▲image「雨霽る」1940(昭和15)年(72歳)
当時は戦争の足音が近づき、世界情勢は緊迫していました。
水戸出身の大観は、自然と尊王精神が強かったと言われます。
「紀元2600年奉祝記念展覧会」には、「山に因む10題」「海に因む10題」の20点を出品しました。
「雨霽る」はそのうちの一作で、水墨画の中でも五指に入る名品と評されています。
雨上がりに霧雲がゆっくりと晴れていく山並み。
その彼方に気高くそびえる富士山。
山間には社寺が点在し、人の息づかいも感じられます。
足立美術館の創設者・足立全康は、この作品をこよなく愛し、
複製を額に入れて毎日惚れ惚れと眺めていたそうです。
後年、原画を入手した武勇談は、「思いは実現する」の象徴と言われています。

▲image「海潮四題・夏の海」1940(昭和15)年 紀元2600年奉祝作品
北九州市立美術館「足立美術館蔵 横山大観展」ご案内
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会場:北九州市立美術館 本館・企画展示室
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開館時間:9:30〜17:30(入館は17:00まで)
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休館日:月曜日・年末年始
※月曜が祝日・振替休日の場合は翌平日が休館 -
観覧料:一般1,700円、高大生1,300円、小中生900円
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住所:〒804-0024 北九州市戸畑区西鞘ヶ谷町21-1
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TEL:093-882-7777
※休館日・観覧料・駐車場・無料シャトルバスなどは、最新情報をご確認ください。

▲「紅葉」に似た枝ぶりの白椿を我が家の玄関に活ける
まとめ ― 大観の「気韻生動」から学ぶこと
北九州市立美術館で開催された「足立美術館蔵 横山大観展」を観るにあたり、
次の3点を事前に調べてから訪れました。
❶ 北九州市立美術館とは、どんなところ?
磯崎新設計で1974年竣工。「丘の上の双眼鏡」と呼ばれるランドマーク。
❷ 足立美術館とは?
島根県にあり、横山大観約120点を有する日本一のコレクションと日本庭園で有名。
❸ 横山大観とは?
岡倉天心を師と仰ぎ、日本画の革新に生涯を捧げた近代日本画の巨匠。

▲「霊峰夏不二」の色紙を購入し、額に入れて我が家に飾っています image
大観は89歳で絶筆「不二」を描くまで創作意欲が衰えず、
師・天心の理想である「気高く、生き生きとした生命力に満ちた絵」――
気韻生動の人生を体現した画家だと感じました。
妻を2人、弟、妹、娘、師、親友を次々に亡くすという波瀾万丈の人生。
それでも志を曲げず、師が追放されれば自らも飛び出して跡を継ぎ、
世界に通用する日本画を求め続けました。
人生100年時代と言われる今、
残された時間を、大観先生の「気韻生動」に学びながら、
少しでも気品と風格を備え、血の温かさや息づかいを感じられる生き方を目指したいと思いました。
昨年は、上野の森美術館でモネの絵のみ60点鑑賞しました。
今回は横山大観の作品を一堂に50点観ることができ、心から満足しました。
岡倉天心先生、横山大観先生、足立全康翁、足立美術館、北九州市立美術館の関係者の皆さま、
すばらしい時間をありがとうございました。
See you(^^♪


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