ホーチミン廟・タイロン遺跡【世界遺産】72歳夫婦が体験

シニアの旅(国内・海外旅行)

はじめに

みなさま、こんにちは(^^♪
私たちユルバ夫婦(72歳)は、A旅行社のツアー「ベトナム3都市めぐり5日間」に参加しました。

1月末から2月初めにかけて、福岡空港→ハノイ空港→ホーチミン空港→福岡空港で行ってきました。

今回は、2日目の観光である「ホーチミン廟」と「タイロン遺跡」をご紹介します。

ホーチミン廟

ホーチミン廟」とは、ベトナムのハノイにあり、1969年に亡くなったホー・チ・ミンさんの遺体が安置されている霊廟です。彼はベトナム革命を指導した英雄として国民から崇拝されています。

廟は1973年〜1975年にかけて建設されたもので、ベトナム国内から集められた自然素材で作られました。遺体は本物ですが、生々しいものではなく、腐敗しないよう特別な処置が施され、綺麗なままガラスケースに入れられています。

ベトナムのお札の全てにホーチミンさんの似顔絵があるように、国の絶大な統合の象徴であるように感じました。遺体の保存方法は公開されていないそうですが、北京の毛沢東さんと同じような祀り方だと感じました。

衛兵交代式

1945年にホーチミンさんが独立宣言を読み上げた場所に建てられ、軍人さんが厳重に警備し、観光客だけでなく多くの地元のベトナム人も、私語厳禁で整然と列をなして参拝されていました。

私たちが敬意を表して門外からお祈りした時は、多くの学童が整列しており、1年365日、1時間ごとに行われる「衛兵交代式」が厳粛に行われていました。

公園の外から眺める形でしたが、ベトナム国の精神的支柱を祀る広場のスケールの大きさに、護国の意識の強さが印象的でした。

ホーチミン廟での禁止事項は、立ち止まっての鑑賞が禁止されています。廟内部には荷物やカメラは持ち込めず、写真撮影も一切禁止されています。また、短パンやタンクトップなど、露出が高い服装もNGです。

ホー・チ・ミンさんの存命中は自己顕示的行動はなく、本人は火葬し分骨を望んでおられ、個人崇拝的なことを望んでいなかったそうですが、会いたくても直接会えなかった人々のために体を保存したそうです。

世界遺産・タンロン遺跡

タンロン遺跡(昇龍皇城)」は、ベトナムの首都ハノイ中心部(バーディン区)にあります。タンロン(昇龍)は、ハノイの旧称です。1010年から1804年まで、ベトナム諸王朝がここに都を置いたため、1000年以上の各時代の「重層的な遺構と遺跡」が特徴的です。

2002年の発掘でその規模が分かり、2010年8月に「ユネスコ世界文化遺産」に登録されました。ベトナム戦争中に北ベトナム軍の作戦司令室として使用された地下指揮所が残っています。

向かって左上を見ると、巨大な穴が開いていますが、ベトナム戦争の傷跡だそうです。この1000年あまり前の煉瓦づくりですが、爆撃や砲撃にも崩れなかったので、その建築技術は研究中であるとか、ガイドさんが語っていました。外観のみでしたが、歴史の重みを感じ、当時のベトナムの人々の息遣いを直接感じる場所でした。

この遺跡は「紅河デルタ」の埋立地に立地し、北の中国と南のチャンパ王国の両方からの独特な文化的影響を受けてながら、ベトナムの独立国家としての形成と発展の過程を反映している、歴史的価値の高い人気観光スポットです。

私たちは時間の関係上内部見学ができませんでした。入場料は430円くらい。見どころは、端門・南門(王宮のメインゲートで、撮影スポットとして人気)、敬天殿・龍の階段(宮殿中心部であり2頭の龍のレリーフが残る石階段が有名)、D67の家・地下壕・正北門(フランス軍に破壊された跡が残る北の門)、ホアンジエウ18番遺跡(発掘調査の現場が公開され重なり合う歴史の層を見れる)、見学目安は約1~2時間だそうです。

民衆の活力!!

このあたりのカフェや民家は不思議に黄色の鮮やかな建物が多く見られました。また勢いのよいバイクの多さもベトナムの大いなる民衆の活力を感じました。

ベトナム❤️ガンバレ!!

まとめ

ホーチミン廟では、近代の戦争などに翻弄される大衆と指導者の苦悩をリアルに感じ、タンロン遺跡では、千年以上前のベトナム王朝の歴史と近代兵器の破壊を直接見て、国を守る民衆の凄さをひしひしと感じました。

旅は、現実の今瞬間を見ますが、旅のできる環境は人々の平和への努力で実現するものだと感じました。その歴史的遺物を通して精神も学び共感したいと思いました。

ありがとうございました。

See you(^^♪

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