はじめに
みなさま、こんにちは(^^♪
大濠公園に面した福岡市美術館の建物が、青空の下に堂々とした姿を見せていました(写真1)。
第3回では、王権を彩る護符やスカラベから、いよいよ古代エジプト文化の核心ともいえる死後の世界と埋葬儀礼の品々へ。
ミイラを見守る動物の棺、死者の内臓を納めた壺、そして永遠の眠りを守ったジャッカルの神アヌビス。三千年前の人々が死とどう向き合っていたのか、その静かな祈りに触れる回となりました。

大濠の畔に建つ美術館
福岡市美術館の建物を正面から見上げると、その堂々とした佇まいに改めて背筋が伸びる思いがしました(写真1)。
この日は多くの来場者で賑わっており、玄関前のモニュメントの下を、期待に胸を膨らませた人々が行き交っていました。

王権を守る太陽の蛇
展示室の奥には、小さいながらも力強い意匠を持つ品々が並んでいました(写真2)。
太陽円盤を戴く聖蛇ウラエウスは、王の額を飾り王権を守護する存在として知られ、オシリス神像の妖芝(腰帯飾り)や、トトメス3世の名前が刻まれたスカラベの指輪なども並んでいました。
こうした小さな品の一つひとつに、王の権威と神々の加護とを結びつけようとした古代エジプト人の緻密な意匠を感じ取ることができました。

メンチュヘテプ2世、統一の王
大きな石灰岩のレリーフ断片(写真3)には、メンチュヘテプ2世に関わる場面が刻まれていました。中王国時代の始まりを告げたこの王は、上下エジプトを再統一した人物として知られています。
ヒエログリフが整然と並ぶ様式美と、人物像の落ち着いた表情から、王朝が再び安定へと向かった時代の空気が伝わってくるようでした。

神殿に仕えた人々
黒く艶やかな石でできた「アメン神宮の像」(写真4)は、新王国時代の様式でありながら、実は2000年近く後の古王国時代への理想化された表現を持つ像だといいます。一方でその上着には新王国時代の書字がわずかに刻み込まれているとのこと。
テーベ(現在のルクソール)の三柱神であるアメン神、ムト神、コンス神が刻まれているという解説を読み、遠く離れた時代の様式をあえて模倣する、古代エジプト人の伝統への敬意を感じました。

「王子の方形彫像」(写真5)は、第3中間期・第22〜23王朝(紀元前874〜前830年頃)のもの。オソルコン2世とカラマ王妃の息子である王子を表しており、像の左脇には母である王妃カラマの姿が刻まれています。
像の左腕にはオソルコン王のカルトゥーシュ(王名を囲む枠)が刻まれ、台座の碑文が削り取られ前面にオシリス神像が再彫刻されていることから、王子が宗教的な目的のためにこの像を再利用したと考えられているそうです。
三千年前にも、先人の像を敬いながら再び用いるという知恵があったことに驚かされました。

ミイラを飾った棺の板
青いケースの中には、彩色が施された木製の棺の一部と思われる細長い板が二枚、展示されていました(写真6)。
一枚には赤い縦線で描かれた人物像とヒエログリフが、もう一枚には幾何学的な文様が丁寧に描き込まれています。
ミイラを納める棺そのものが、故人の魂を守る一つの祈りの造形物であったことを物語る展示でした。

ネコの棺とミイラ
この展覧会でひときわ多くの来場者の足を止めていたのが、「ネコの棺とミイラ」(写真7)でした。
すらりと背筋を伸ばして座る大小二体のネコの姿。古代エジプトでは猫は神聖な動物とされ、その姿を模した棺の中には実際にミイラ化された猫が納められていたのだといいます。
愛らしい佇まいの中に、動物さえも丁重に弔った古代エジプト人の信仰の深さが表れていました。

女性の名を刻んだ石棺
すらりと伸びた人型の石棺(写真8)は、ある女性の名が刻まれた石棺だと解説されていました。
硬い石を人の形に彫り込み、故人の顔立ちを穏やかに表現するその技術には、木製の棺とはまた違った重厚な祈りが込められているように感じられました。

内臓を守った四柱の神
「カノプス壺」(写真9)は、ミイラ化の過程で取り出された内臓を納めるための四つの壺で、それぞれの蓋は人間、狒々(ヒヒ)、ジャッカル、ハヤブサの頭部をかたどっています。
これらはホルス神の四人の息子とされる神々で、それぞれが特定の臓器を守護する役割を担っていたといいます。
死してなお肉体の各部が神々に見守られるという発想に、古代エジプト人の死生観の緻密さを改めて感じさせられました。

心臓を守るスカラベ
壁面の解説パネルの下には、カルトナージュ(麻布に漆喰を塗り彩色した棺の装飾)のアップリケや、心臓スカラベの護符、人型のミイラ用護符などが展示されていました(写真10)。
心臓スカラベは、死者の心臓が最後の審判で秤にかけられる際、生前の罪を語ってしまわないようにと心臓の上に置かれた護符なのだそうです。死後の世界にまで及ぶ細やかな配慮の数々に、しばし言葉を失いました。

プトレマイオス朝、最後の輝き
やや趣の異なる一体、「ファラオの頭部(おそらくプトレマイオス12世)」(写真11)にも目を留めました。
マケドニア出身のプトレマイオス家は、エジプト人とギリシャ人からの支持を得るため、両者の様式を巧みに融合させたのだといいます。
「笛吹き王」として知られるプトレマイオス12世はローマの支援を仰いだものの、重税やローマへの貢租で民衆の反感を買い、彼の娘こそがエジプト最後の女王クレオパトラ7世なのだと知り、この特別展の中で唯一「クレオパトラ」という名を身近に感じた瞬間でした。

異端の王、アクエンアテン
アテン神に供物を捧げるアクエンアテン王とその娘のレリーフ、そしてスフィンクスの姿で表されたアクエンアテン王のレリーフ(写真12)も印象的な展示でした。
アクエンアテン王は太陽円盤アテン神のみを崇拝する宗教改革を断行した異端の王として知られています。
伝統的な多神教から一神教的な信仰への大きな転換を試みたその治世の痕跡を、静かなレリーフの中に見ることができました。

壁龕に佇む像
壁のくぼみに配された細長い人物像(写真13)も見応えのある一体でした。
壁龕(へきがん)に彫られたこの像は、墓や神殿の壁面と一体化することで、故人あるいは神への祈りが絶えることなく捧げられるよう設計されていたのだといいます。

死者を導くジャッカルの神
「ジャッカルの伏臥像」(写真14)は、末期王朝時代あるいはそれ以降、紀元前664〜前30年頃に作られたと考えられています。
ネクロポリス(共同墓地)の上に聖なる姿で伏せるこのジャッカルは、アヌビス神を表しているといいます。アヌビス神は殺されたオシリス神の遺体をミイラにし、エジプトのすべての死者のミイラ化をつかさどりました。
再生した死者の魂を冥界のオシリス神の元へと導く役割も担っていたのだそうです。静かに前脚を伸ばして伏せるその姿には、死者を見守り導く優しさが宿っているように感じられました。

夕陽に照らされて
この日最後に見上げた空も、大濠の湖畔を茜色に染めていました(写真15)。
波打つ髪をなびかせた彫像のシルエットが、沈みゆく太陽と重なり合う光景を眺めながら、この日出会った数々の神々や死者たちの魂もまた、こうして静かに永遠を見つめ続けているのかもしれないと思いを馳せました。
次回はいよいよ、この展覧会のクライマックスへと近づいてまいります。どうぞお楽しみに。
下記からも全体が閲覧いただけますので、興味のあります方はご覧ください。
「古代エジプト展【第1回】三千年の扉をひらく ― 福岡市美術館を訪ねて」
「古代エジプト展【第2回】祈りと権威のかたち ― 福岡市美術館を訪ねて」
「古代エジプト展【第4回】神殿と王たちの記憶 ― 福岡市美術館を訪ねて」
「古代エジプト展【最終回】永遠の眠りと再生の祈り ― 福岡市美術館を訪ねて」
ありがとうございました。
See you(^^♪


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