はじめに
みなさま、こんにちは(^^♪
冬枯れの木立の向こうに福岡市美術館の建物が見えてきました(写真1)。
第4回は、新王国時代に花開いた壮麗な神殿建築の模型から、ラメセス2世やセティ1世といった名だたる王たちの石碑、そして異端の王妃ネフェルティティの面影まで。
三千年前の信仰と王権の記憶をたどりながら、ガラス製の器や黄金の装身具に込められた美意識にも触れていきます。

冬枯れの並木を抜けて
美術館前の並木はすっかり葉を落とし、初春の澄んだ空気の中に静かに佇んでいました(写真1)。
銅像の傍らを通り過ぎながら、この日もまた三千年の旅へと足を踏み入れました。

神殿の門を模して
展示室で目を引いたのは、「新王国時代の神殿の復元模型」(写真2)でした。
第19王朝初期の神殿門の模型をもとに20世紀に復元されたというこの模型には、そびえ立つ2本のオベリスクと、供物を捧げるセティ1世の像が丁寧に再現されています。
実際の神殿がどれほど壮大で、参拝する人々の目にどう映っていたのか、模型を通じてありありと想像することができました。

隣のケースには、「オベリスクの模型の一部」や「舟の模型(装飾具)」、そしてラメセス2世の名が刻まれたヒエログリフの模型(写真3)が並んでいました。
実際のオベリスクや舟をそのまま埋葬品として納めることはできないため、こうした小さな模型に象徴的な意味を込めて副葬したのだそうです。
三千年前の人々の、限られた資源の中で最大限の祈りを形にしようとする知恵に感心させられました。

神々に仕える王のしるし
「仔ウシの頭部」と「シストラム(古代エジプトの楽器)を持ちハトホル女神の前に立つ王」のレリーフ(写真4)も見応えがありました。
雄牛はその力強さと猛々しさから王権や神性と結びつけられ、かつては彩色されていたこの雄牛の頭部も、神々しい存在として崇められていたのかもしれません。
王が敬虔な息子として、愛と美の女神であるハトホル女神の前でシストラムを手にする姿からは、王が単なる統治者ではなく、神々への祈りを捧げる存在でもあったことが伝わってきます。

ホルス神を抱くイシス女神像、オシリス神像、ムト女神の立像、そしてハヤブサの姿をした像(写真5)が並ぶ展示ケースの前でも足を止めました。
エジプト神話の中核をなすこれらの神々が、小さな青銅像の姿となって静かに並ぶさまは、三千年にわたる信仰の厚みをそのまま形にしたかのようでした。

ラメセス2世とセティ1世、二人の大王
「ラメセス2世の石碑」(写真6)は、この展覧会の中でもひときわ堂々とした一枚でした。
エジプト史上もっとも長く王座にあったとされるラメセス2世は、数々の巨大建造物と軍事遠征で知られる大王です。
石碑いっぱいに刻まれたヒエログリフと、神に捧げ物をする王の姿からは、その治世の威光がそのまま伝わってくるようでした。

隣には「セティ1世の礼拝碑」と、耕作の場面を描いたレリーフ(写真7)が並んでいました。
セティ1世はラメセス2世の父にあたる王で、その治世は新王国が最盛期へと向かう礎を築いた時代とされています。
耕作のレリーフからは、王侯の威光の陰で大地を耕し続けた名もなき人々の営みも、同時に感じ取ることができました。

プトレマイオス朝の記憶
「プトレマイオス2世フィラデルフォスのレリーフ」(写真8)は、マケドニア系のプトレマイオス王朝がエジプトの伝統的な美術様式を巧みに取り入れ、地元エジプト人にも受け入れられる姿で自らを表現しようとした試みを物語っています。
異国の王朝でありながら、ファラオとしての正統性を示そうとしたその工夫に、古代エジプトという文化がいかに強い求心力を持っていたかを感じさせられました。

「アメン・ラー神またはアメンヘテプ3世の像」(写真9)も、新王国最盛期の繁栄を物語る一体です。
「隠された者」を意味するアメン神は、もとはテーベの地方神でしたが、中王国時代に太陽神ラーと習合し、最高神として崇められるようになったのだといいます。
アメンの総本山であるカルナク神殿は、今もエジプト最大の神殿として知られています。

異端の王妃、ネフェルティティの面影
小さな「王妃の頭部」と、ネフェルティティ王妃を描いたレリーフ(写真10)の前では、しばし立ち止まりました。
この頭部はアクエンアテン王の王妃ネフェルティティを表したと考えられており、ネフェルティティはアクエンアテン王の共同統治者として王とともに描かれることも多かったといいます。
太陽神アテンのみを崇める宗教改革を主導した王の傍らで、王妃もまた強い存在感を放っていたことが、小さな石片からも伝わってきました。

「アメンエムハトの石碑」(写真11)にも、上段にヒエログリフで書き記された鳥、パン、エジプシャン・アラバスター、乳鉢など、供物にまつわる図像が丁寧に刻まれていました。
名もなき人物の墓碑にも、これほど緻密な祈りの記録が残されていることに、古代エジプトの人々の信仰の深さを感じずにはいられませんでした。

動物たちの終の棲家
「動物の棺の上に置かれたトガリネズミの像」と「ネコの座像」(写真12)も興味深い展示でした。ペットがミイラにされることはまれで、化石とされた一部の動物のみが宗教儀礼を目的に飼育され、死後は防虫効果を施し、荘厳な儀式で埋葬されたのだといいます。
トガリネズミは夜行性と攻撃的な狩猟能力から創造神アトゥムと結びつけられ、猫や猫の頭を持つ女神の姿は女神バステトを表しているとのこと。ツヤツヤと黒光りするネコの座像の美しさに、しばし見惚れてしまいました。

原初の海を映す碗
美しい青緑色の「ヌン(原初の海)を表した皿」(写真13)も印象的でした。深い青緑色は、学生をナイルの水にとどめると同時に、エジプト世界の始まりとされる原初の海ヌンを想起させるものだったといいます。
傍らに並ぶ小さな護符の数々とともに、世界の始まりへの想いを込めたこの器が展示されていました。

花と再生への祈り
「花柄の襟飾りが施された壺」と「取っ手の付いたガラス製容器」(写真14)は、新王国時代の洗練された美意識を伝える品でした。
この花文様は、花輪を土器にかけるという古代エジプトの葬送儀礼と結びついており、花輪には再生の童話を持つ花や植物が使われていたのだといいます。ガラス製の小さな容器の繊細な作りにも、目を奪われました。

黄金のハエと、身を守る短剣
「ハエのペンダント」と「短剣」(写真15)も見逃せない品でした。第18王朝時代のファラオは武勇に対する褒賞として、金でできたハエ形のペンダントを兵士たちに贈っていたといいます。
ハエは執拗に獲物を追う姿から武勇の象徴とされていたのだそうです。第12王朝の高官センウセルト3世の治世は、中王国時代に匹敵する繁栄期とされ、王朝の権威が軍事的な力の誇示にも支えられていたことがうかがえます。

湖畔の鳥たちと、夕暮れの静けさ
この日、大濠公園の湖畔では、たくさんの水鳥たちがゆったりと羽を休めていました(写真16)。
三千年前のナイル川のほとりでも、きっと同じように水鳥たちが羽を休めていたのだろうと思うと、時代も場所も超えて、変わらぬ自然の営みに心が和みました。

そして今日もまた、大濠公園前の彫像のシルエットが夕陽に浮かび上がる、いつもの美しい光景で一日を締めくくることができました(写真17)。
次回はいよいよ最終回、この展覧会で出会った品々の総まとめをお届けいたします。どうぞお楽しみに。
下記からも全体が閲覧いただけますので、興味のあります方はご覧ください。
「古代エジプト展【第1回】三千年の扉をひらく ― 福岡市美術館を訪ねて」
「古代エジプト展【第2回】祈りと権威のかたち ― 福岡市美術館を訪ねて」
「古代エジプト展【第3回】死者を守る神々 ― 福岡市美術館を訪ねて」
「古代エジプト展【最終回】永遠の眠りと再生の祈り ― 福岡市美術館を訪ねて」
ありがとうございました。
See you(^^♪


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