古代エジプト展【第1回】三千年の扉をひらく ― コレクション150点

人生エッセイ(芸術・文化・日常・生き方)

はじめに

みなさま、こんにちは(^^♪

2026年3月5日、福岡市美術館で開催されていた特別展「古代エジプト展 掘り起こせ、三千年の謎」(ブルックリン博物館所蔵)を、73歳夫婦が訪れました。

ニューヨークのブルックリン博物館が一世紀以上にわたって守り伝えてきた古代エジプトの至宝の数々。写真撮影が許されたその展示室で、私たちは三千年という気の遠くなるような時間の扉を、そっと押し開けることになりました。

全5回でお届けするシリーズの第1回は、展覧会の入口から、王朝の黎明期、そして古王国・中王国の人々の暮らしと死生観に触れる展示物をご紹介します。

三千年の謎を掘り起こす

福岡市美術館の会場入口に掲げられていたポスターには、力強い筆致でこう記されていました。「掘り起こせ、三千年の謎」(写真1)。

2025年12月13日から2026年3月8日まで開催されていたこの特別展は、ニューヨーク・ブルックリン博物館が誇る古代エジプトコレクションを、日本で紹介する貴重な機会でした。

ポスターに大きく写る色鮮やかな人型棺(ミイラ・マスク)の柔らかな表情が、これから始まる旅への静かな予感を掻き立てます。

会場に足を踏み入れると、まずブルックリン博物館とブルックリン美術館学芸員の方々からのメッセージが目に飛び込んできました(写真2)。

古代エジプトは長年にわたって世界中の人々を魅了してきたテーマであり、ブルックリン博物館が古代エジプト美術の収集を始めたのは20世紀初頭のこと。

以来一世紀以上、この文明の謎を解き明かす調査と研究が続けられてきたのだと知り、これから対面する品々の一つひとつに、そうした長い探求の歴史が宿っていることを実感しました。

150万点を超える至宝を守る博物館

ブルックリン博物館そのものを紹介するパネルにも足を止めました(写真3)。1895年に開館し、ニューヨークではメトロポリタン美術館に次いで2番目の規模を誇るこの美術館は、150万点を超える収蔵品を持ち、印象派絵画から浮世絵まで幅広いコレクションで知られています。

中でも古代エジプト美術のコレクションは1200点を超える質の高さを誇り、実物のミイラや埋葬儀礼にまつわる品々が並ぶ「ミイラの間」は同館随一の人気スポットなのだそうです。

今回の展示は、その膨大なコレクションからおよそ150点が海を渡ってきたものであり、私たちはその一部を福岡の地で目にすることができました。

ナイルのほとりに生きた人々

展示は、エジプト文明が本格的に花開く以前、先王朝時代の品から始まっていました。素焼きの壺に赤い顔料でワニのような四本足の動物たちが描かれた「動物文の壺」(写真4)は、紀元前3300〜3100年頃、ナカダ文化の時代に作られたものだといいます。

川と砂漠という対照的な自然の中で暮らした古代エジプトの人々にとって、ワニは畏怖すべき危険な存在であり、それを壺の文様に描くことは、自らの身を守りたいという祈りの表れだったのかもしれません。

文字すら生まれる前の時代に、すでに人々が絵に願いを込めていたことに、静かな感動を覚えました。

象形文字とともに刻まれたレリーフ(写真5)も印象的でした。

座って何かを見つめる人物の姿と、周囲を飾る植物や道具の意匠が丁寧に彫り込まれており、三千年以上前の職人の手の確かさが伝わってきます。

また、第三中間期(前1070〜前712年頃)の作とされる「貴族の男性のレリーフ」(写真6)では、精緻に巻き上げられたロータス状の髷や、装飾豊かな襟飾りが見事に表現されており、当時の宮廷社会におけるエリートたちの洗練された装いを窺い知ることができました。

書記官たちの永遠の仕事

中王国時代・第12王朝、紀元前1981〜前1802年頃に作られたとされる「書記アメンヘテプ(ネフィリの息子)」の像(写真7)の前では、しばらく足を止めました。

膝の上に広げたパピルスの巻物を手に、静かに座り続けるその姿。古代エジプトでは知識と書く力がもっとも尊ばれ、読み書きを習得した男性は多くの機会を手にすることができたのだといいます。

三千年の時を超えてなお、この書記官は今もパピルスに向かい続けているかのようでした。

家族という永遠のかたち

古王国時代・第5王朝(紀元前2455〜前2350年頃)の「ニカーラーとその家族の像」(写真8)は、この日出会った品の中でも特に心を動かされたものの一つです。

中央に座る監督官ニカーラーを、妻クマーラーと息子の長女とおぼしき人物が両脇から支えるように立つ構図。

彫刻としての様式的な美しさもさることながら、三千年以上前の人々が、家族という絆をこうした形で永遠に留めようとしたことに、時代を超えた普遍の想いを感じずにはいられませんでした。

同じく古王国時代・第6王朝後期(紀元前2288〜前2170年頃)の「歩く男性の小像」(写真9)には、「河江ポイント」として興味深い解説が添えられていました。

この像は墓の中で死者の「カー」が宿り、生者から供物を受け取る役割を持っていたといいます。カーとは人間を構成する重要な要素のひとつで、「生命力」と訳されるもの。

古代エジプトの人々にとって、死は終わりではなく、カーが宿り続ける限り生は続くという死生観があったことを知り、これから見る品々をより深く味わえるように感じました。

供物の場面、暮らしの記憶

壁面に並んだ二枚のレリーフ(写真10)には、供物台に向かう場面と、水鳥を狩る人の姿が刻まれていました。

ナイル川流域に生きたエジプト人にとって、水鳥狩りは貴重な食料を得る手段であると同時に、ある種のスポーツでもあったのだそうです。躍動感のあるポーズから、三千年前の人々の息遣いが聞こえてくるようでした。

被葬者のために寝台を整える召使いを描いたレリーフ(写真11)や、ヒエログリフがびっしりと刻まれた石版の断片(写真12。紀元前2500〜前2350年頃、サッカラのメンクウ・プタハ墓出土)も、当時の埋葬儀礼と信仰の緻密さを物語っていました。

供物台のレリーフのそばには、当時実際に遊ばれていたゲーム盤と駒(写真13)も展示されており、死後の世界にも日常の楽しみを持ち込もうとした人々の心が垣間見えるようでした。

女性たちの祈りと日々

小さな「女性の祖先胸像」(写真14)は、単なる肖像ではなく、家庭内での祭祀に用いられたものだといいます。

祖先崇拝は現世の生活とも深く結びついており、古代エジプトの家庭の中で、女性が信仰の重要な担い手であったことがうかがえます。

別のケースには、青い釉薬をまとった女性の小像や、彩色が今も鮮やかに残る壁画の断片、そして王家から出土した美しい首飾りが並んでいました(写真15)。

三千年の歳月を経てなお色を失わない青や金の輝きに、古代エジプトの人々が用いた顔料や技術の高さを改めて実感させられました。

畑と厨房、王宮の日常

アメン神の農作業者」アメンエムハトの儀式用鎌(写真16)は、実際には使われていなかったとされる副葬品で、この農作業者が「アメン神の農作業者」と称されるほどの地位にあったことを物語っています。

隣にはナイル河畔の光景を描いたレリーフも展示されていました。

穀物を挽く書記セネヌ」の像と、王宮の調理場を描いたレリーフ(写真17)からは、身分に関わらず日々の労働に従事した人々の姿が伝わってきます。

とうもろこしを挽く単調な作業に代々従事した圧倒的な数の人々がいたからこそ、ファラオを頂点とする社会が支えられていたのだという解説に、華やかな王侯の像だけでは見えてこない、古代エジプト社会の裾野の広がりを感じました。

王を戴く獣、青き冠の王

第三中間期・第22〜23王朝(紀元前945〜前712年頃)の「シェションク王のスフィンクス」と「青冠をかぶった王」(写真18)も見応えのある品でした。

人間の頭とライオンの胴体を持つスフィンクスは、単に神と人、あるいは超越的なファラオの権威を強調する存在。

青い冠(ケペレシュ)をかぶった王の頭像は、ピラミッド時代には見られなかった王権の新しい意匠であり、時代とともに移ろう王権の象徴表現を目の当たりにすることができました。

展覧会に寄せて

会場の一角には、両館長の連名によるご挨拶が掲げられていました(写真19)。5000年以上前にナイル川流域で花開いた古代エジプト文明。

3000年以上に及ぶ王朝史の中で育まれた高度な文明には、今なお多くの謎が残されているといいます。

この挨拶文を読みながら、これから見ていく一つひとつの品が、そうした謎を解き明かそうとする長年の研究の結晶であることを改めて感じました。

夕暮れの美術館にて

展示室を出たあと、大濠公園を望む美術館の屋外テラスで、傾きかけた太陽が空を染めていました(写真20)。

彫像のシルエットが夕日を背に浮かび上がるその光景は、三千年前のエジプトの人々が仰いだであろう太陽神ラーの輝きと、どこか重なって見えました。

次回は、さらに奥深いエジプトの信仰の世界と、人々の暮らしにまつわる品々をご紹介してまいります。どうぞお楽しみに。

下記からも全体が閲覧いただけますので、興味のあります方はご覧ください。

古代エジプト展【第2回】祈りと権威のかたち ― 福岡市美術館を訪ねて

古代エジプト展【第3回】死者を守る神々 ― 福岡市美術館を訪ねて

古代エジプト展【第4回】神殿と王たちの記憶 ― 福岡市美術館を訪ねて

古代エジプト展【最終回】永遠の眠りと再生の祈り ― 福岡市美術館を訪ねて

ありがとうございました。

See you(^^♪

コメント

タイトルとURLをコピーしました