老人ホームの「看取り」と「介護保険制度」2025・2040問題⑦

健やかに暮らすヒント(衣・食・住・健康)

はじめに

みなさま、こんにちは(^^♪

見学シリーズ番外編です。老人ホームの「看取り」の現実、濱村和明さんが挑んだ先駆的な工夫、そして日本の介護保険制度誕生の知られざる舞台裏から2025年問題・2040年問題まで。老後を考えるすべての方に読んでいただきたい内容です。

命がけで働く人々のことを知りたくて

夫婦74歳の私たちは、終の住処を求めて10箇所の「住宅型有料老人ホーム」見学を目標に立てました。4箇所目にお伺いした「ゆうゆう壱番館」さんの宿泊体験を通じて、過酷な現場に取り組む方々の熱意と誠実さと思いやりに、頭が下がる思いがしました。

特に現場の中心にあるのが「看取り」です。生まれる時も命がけ、看取りは命を大自然にお返しする瞬間です。前者はおめでたいこととされ、後者は忌み嫌われがちですが、どちらも人間なら誰しも避けて通れない宿命であり、入居者と現場の人々は、その壮絶な体験をともにしているのです。

老いた方々、そして介護・医療・家族・看取りに関わる方々、福祉・行政・政府の取り組みとご苦労を知りたいと思い、調べてみました。

①現代の老人ホームが直面する「看取り」の現実

現代の老人ホームは、「終の棲家」としての役割を急速に強めています。病院で管につながれて延命治療を受けるのではなく、住み慣れた施設で、慣れ親しんだスタッフや家族に囲まれて自然に息を引き取る「施設看取り」が増えているのです。本人の尊厳を守る身体的ケアだけでなく、死への恐怖を和らげる精神的ケア、残される家族の悲しみに寄り添う「グリーフケア」が一体となって行われるようになってきました。

一方で、現場には大きな葛藤もあります。多くの有料老人ホームは病院ではないため、医師や看護師が24時間常駐しているわけではありません。看取り期に「呼吸が苦しそう」「夜間に急変した」という事態が起きた際、夜勤の介護スタッフが強いプレッシャーの中で判断に迷い、結果として望まない病院死になってしまうケースも少なくないといいます。「医療と介護の24時間連携」と「現場スタッフの心のケア」が、現代の看取りの大きな課題となっています。

②濱村和明氏が挑んだ、先駆的な工夫

北九州の地で、濱村和明氏が1988年(昭和63年)という、介護保険制度もまだない時代に立ち上げたのが「ゆうゆう壱番館」でした。当時としては驚くほど先見性に満ちた工夫が、そこにはありました。

当時の老人ホームの多くは大部屋で門限があり、病院の延長のような造りでした。濱村氏はそれを嫌い、「普通のマンションと同じようにキッチンも浴室も備え、門限もない、完全なプライバシー空間」を作りました。これまでのライフスタイルを崩さず、「老いても自分らしく自由に生きる」ことを最優先したのです。

館内にはフロントがあり、内線やセンサーでいつでもつながる安心感を提供する一方、元気なうちは入居者同士や地域住民と楽しく交流し、心身の衰えを感じ始めたらスタッフや看護師がそっとサポートに回る。「お世話される老人」にするのではなく、「健康で行動的に、自立して長く暮らせる環境」をハードとソフトの両面から設計したことが、最大の工夫だったのだと思います。

③2000年「介護保険制度」誕生の原点

2000年に始まった日本の介護保険制度は、その仕組みの大胆さから国際的にも注目された社会保障改革でした。しかし、その誕生の裏には、官僚たちの執念と、大きな政治的攻防がありました。

制度の骨格を描いたのは、1994年に発足した厚生省「高齢者介護・自立支援システム研究会」(座長:大森彌・東京大学名誉教授)でした。実務の中心にいた山崎史郎氏は、介護保険の立案から施行まで一貫して携わったことから、のちに「ミスター介護保険」と呼ばれるようになります。

ただし、その歩みは順風満帆ではありませんでした。1996年11月、法案が国会に提出されたのとほぼ同じ時期に、制度設計に深く関わっていた岡光序治・厚生事務次官(かつて老人保健福祉部長として「ゴールドプラン」を主導した人物)が、特別養護老人ホームへの補助金交付をめぐる汚職事件で逮捕されるという、前代未聞の事態が起きたのです。厚生省への信頼は大きく揺らぎましたが、残されたスタッフたちは批判にさらされながらも、法案を守り抜きました。

1997年12月に法律は成立したものの、施行を翌年に控えた1999年秋には、当時の与党内から「選挙を控える中、高齢者に新たな保険料負担を求めるのは時期尚早ではないか」という強い異論が上がりました。最終的には、制度そのものは予定どおり2000年4月にスタートさせつつ、65歳以上の保険料徴収については最初の半年間を徴収せず、次の半年は半額にするという異例の経過措置をとることで政治的な決着が図られました。

この制度は、大きく2つの反省と学びから作られています。一つは、1970年代に高齢者の医療費を無料化した結果、介護をしてくれる家族のいない高齢者が病院のベッドを占領し続ける「社会的入院」が全国で多発し、医療財政が逼迫したという日本自身の失敗です。「医療」と「介護」を明確に切り分けなければならない、という痛烈な反省が原点にありました。

もう一つは海外からの学びです。厚生省の官僚たちは、1995年に世界に先駆けて介護保険を導入したドイツの制度を研究しつくしました。ドイツは家族介護に現金を支給する仕組みでしたが、日本は女性の社会進出や核家族化を見据え、「現金ではなく、プロによるサービス(現物給付)」という独自の形へ発展させ、さらに北欧の福祉制度からは「お上が決める措置」ではなく「利用者が自分で選ぶ契約制度」という考え方を取り入れました。

それまで日本の介護は、家族――とりわけ嫁や娘――の自己犠牲に支えられ、疲れ果てての介護殺人が社会問題になるほどでした。2000年の介護保険制度は、老いの苦しみを家族だけに背負わせるのをやめ、「40歳以上の国民全員で保険料を出し合い、社会全体で老いを支えよう」という、日本人の生き方そのものを変える覚悟から生まれた制度だったのです。

④創設官僚たちが見据えていた「2025年問題」と、現実との誤算

1990年代後半に制度の骨格を作った官僚たちが強く意識していたのは、団塊の世代(1947〜1949年生まれ)が全員75歳以上の後期高齢者になる「2025年」に、国の財政と社会保障が立ちゆかなくなるという危機でした。

「高齢者の面倒は国がすべて税金で見る」という仕組みのままでは2025年を乗り切れないと考え、国民全員で支え合う社会保険方式へと転換し、高額な医療費のかかる病院のベッドから、コストの低い在宅・地域でのケアへと誘導する仕組み(地域包括ケアの原型)を作ったのです。

ただし、その後の現実は、当時の想定をさらに超える厳しさとなりました。少子化と未婚率の上昇、単身高齢世帯の増加は想定以上のスピードで進み、保険料の担い手が決定的に不足しています。

また、「介護保険という市場を作れば、民間企業が参入してサービスの質が上がり、働く人の待遇も自然に良くなる」という当初の期待に反して、国が決める公定価格(介護報酬)の枠組みの中では価格競争が起きにくく、介護職の賃金は全産業平均より低い水準にとどまったままです。結果として、2020年代半ばの今、「財源はあっても、目の前でケアをしてくれる人がいない」という人手不足が現実の課題になっています。

⑤2040年に向けて進む、制度の見直し

団塊ジュニア世代が高齢者となり、現役世代がさらに減っていく「2040年問題」を見据え、2027年4月の施行を目指した介護保険制度の見直しが、まさに今、国会で議論されています(2026年9月現在)。主な焦点は次の3つです。

一つ目は、利用料が「2割負担」となる対象者の拡大です。現在は年収280万円以上の方が2割負担の対象ですが、これを年収230万〜260万円程度まで引き下げる案が検討されており、急激な負担増を避けるための配慮措置とあわせて、2026年度中に結論が出される見通しです。

二つ目は、ケアプラン作成費用の一部有料化です。ただし当初懸念されていたような「全利用者を対象とした全面有料化」は2024年度の改正で見送られており、今回の改正案では、登録制の有料老人ホーム入居者を対象とした新サービス(原則1割負担)として、限定的に導入される方向で調整が進んでいます。

三つ目は、要支援・軽度者へのサービスのあり方です。要介護1・2の生活援助サービスを、全国一律の保険給付から市町村の「総合事業」へ移行するという案は、現場からの強い懸念を受けて今回も見送られ、2027年度改正までに改めて結論を出すこととされています。

こうした見直しの背景には、介護保険制度がスタートした2000年度には年間約3.6兆円だった総費用が、2024年度には12兆円を超えるまでに膨らんだという事実があります。制度を持続させるための負担のあり方が、今まさに問われているのです。

まとめ

「老い」という人間にとっての大問題は、自然界の動物や植物にとっては、悩むべきことではないのかもしれません。考える葦である人間だからこそ、死を考え、老いの尊厳を求めます。太古の歴史の中で、深い叡智が老いと死について根源的な真理を指し示してくれていますし、時代ごとの為政者や、多くの職業人が「老い」という人類共通の課題に向き合い続けてきました。

自分自身が老いて初めて、この問題を真剣に考え始め、自らの「老い」との向き合い方を見つめ直すことになるのだと感じます。まずは、命がけで介護保険法を作り上げた創設官僚の方々、そしてその施行を推進された関係者の方々に、深く敬意と感謝を申し上げたいと思います。しかし、その「防波堤」も、少子化という大きな波によって、すでに揺らぎ始めています。

これから2030〜2040年代は、「国の制度だけに頼るのではなく、自分自身でも備える時代」になっていくのだと思います。公的保険で賄えない部分に備える資産形成という「自助」の強化、そして「実家・地元」の自治体の介護体制のチェック――財政に余裕のない自治体ほどサービスが縮小しやすいため、どこで自分や親の老後を迎えるかという選択も、これからますます重要になってくるでしょう。

私たちの世代は「人生100年時代」を見据えた終の住処を、次の世代は「介護離職」を防ぐ具体的な備えを、それぞれ考えていく必要がありそうです。この、人類史上初めての「超高齢化」という難問に真正面から向き合う官僚の方々、決断し施行する行政・政治家の方々、そして渋沢栄一翁に学び、民間の先駆けとなった濱村和明さんたちに、改めて敬意を表したいと思います。

濱村さんの哲学について、また少し新しい情報が入手できましたので、次回ご報告いたします。「北九州「ゆうゆう壱番館」濱村家三代の経営哲学と家族愛⑧」興味のある方はご覧ください。

ありがとうございました。

See you(^^♪

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ユルバ

みなさま、こんにちは ♪♪
私は地方に住む70代の、ゆるいおばあちゃんブロガーです。
築30年のボロ戸の我が家をリフォームしたことをきっかけに、ブログを始めてみました。
それから年寄りの悩み、旅、暮らし、健康、心に浮かぶことなどをつらつらと書いています。
月に5記事を目標に、4年目を迎えナント”チリも積もれば山となる”260記事を超えてしまいました。
何か一つでも皆さまのお役に立てたら嬉しいです。
よろしくお願いします(^^♪

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